【体験談】新居の壁が薄いとかそういう次元の問題じゃなかった話
遡ること数年前。友人がいよいよ、とうとう、念願の一人暮らしを始めたってんで、いっちょ遊びに行ったろうと。入居して間もなくの綺麗なうちに散々散らかしてやろうと。そう計画していたんですね。
高校からずーっと仲のいいヤツらを引き連れて早速遊びに行くと、これがまた狭いのなんのって。入った瞬間、脳裏をよぎったのはニワトリの飼育小屋。
なんでも「家賃の安さと駅までのアクセスの利便性を考慮した結果」とのことだが、華々しい一人暮らしデビューに選択したチョイスにしちゃあ、なかなかパンチが効いていた。
それでも、もしかすると、室内は以外にも快適なんじゃなかろうか。人は見た目で判断できないと言うし、物件も外見だけで判断しちゃいけませんよね。きっとそうだ、いざ中に入ってみたら想像を絶する居心地の良さでやみつきになるかもしれない。
…という淡い期待を胸に抱くも、それは脆くも崩れ去る。
荷物を運び入れて間もないということもあり、ただでさえ狭い部屋が段ボールの山に圧迫されて物置みたいになっていた。
オマエは本当にここで念願の一人暮らしを始めるつもりなのか?この飼育小屋でめでたくデビューを果たすつもりなのか?本当にそれでいいのか?
思わず口から出そうになる疑問を噛み殺し、飲み込み、尻からガスと共に排出する。
この言うに言えない悲壮感を味わっているのは他のヤツらも同様で、ひっちゃかめっちゃかに荒らしてやろうとしていたつもりの我々がなぜか率先して荷物の整理整頓をしていた。
そんなこんなであっという間に数時間が経ち、友人宅に押し掛けたのが夕方だったということもあって、気が付けば外はもう真っ暗になっていた。
こういう状況で誰かが「帰んのだるくなってきたなー」とか言い出すと若者特有のウェーイ的なノリになるのはお約束で、それはこの場でも例外なく、もういっそのこと酒でものんびり飲みながら夜を明かそうという流れになった。
そうと決まれば話は早いとコンビニに酒とつまみを買い出しにいき、乾杯して間もなくのこと。
隣の部屋から聞こえてくるチャイニーズピーポーの叫び声。どうやら男女グループでドンチャン騒ぎをしているようで、爆音で流れる謎のBGMとそれにあわせて歌い・踊り狂うチャイニーズの集団。カオス。ここって日本だよね?
わたし「なぁ、おまえここハズレじゃね?」
ユータ「い、いや、今日だけだろ。たまたまうるさいだけだって。たぶん。」
わたし「たぶんってなんだよ(笑)」
ナオキ「ここさー、2年縛りとかあんの?」
ユータ「いや…ないけど…。」
ナオキ「じゃあさっさと引っ越したほうがよくね?」
ユータ「えー…でもなぁ…やっと荷物も運び終わったばっかだし…。また部屋探しなおすのもめんどくさいじゃん…?」
そうこうしているうちにもパリピどものボルテージは上がっていく。カーニバルでも開催されてるんじゃねぇかと思うほどの大盛り上がり。
そしてそれがほぼダイレクトに響いてくる友人宅。驚きの臨場感。
これはもはや壁が薄いとかいう次元の話ではないわけですよ。ベニヤ板1枚で仕切られてるんじゃねぇかと思うほどの遮音性のなさ。
わたし「こんなとこに金払って住んでんのバカバカしくねぇ?」
タク「こんなとこ絶対引っ越したほうがいいって!頭おかしくなるわ!」
ユータ「えー!じゃあそう言うならおまえら荷物運ぶの手伝えよなー!」
タク「いやー、それはめんどくせぇ(笑)」
なんてやりとりをしていると今度は逆サイドからオッサンのえずく声が聞こえてくるわけですよ。
「う゛ぅぅぅぅぅぅお゛え゛ぇぇ」
ナオキ「うーわ!最悪だ!こっちからはオッサンの声が丸聞こえじゃんか!」
「カアアアアァァァァァァ!」
「ううううぅぅぅぅ」
カザマ「これはさすがに我慢できないだろ(笑)」
タク「この壁の薄さでオッサンとパリピに挟まれるのは流石にキツイっしょ(笑)」
オッサンの声はえずくというより、獣が唸ってるみたいな気持ち悪い感じだった。
これはさすがにここに住むという選択肢はないだろうと引っ越しを促す一同。しかしこの状況でもなお、引っ越しをめんどくさがって渋る友人。
ユータ「いやー、ちょっと大家さんに文句言ってくるわ!」
そもそもこの壁の薄さは個人の気遣いでどうにかなるレベルじゃないんだから一時的に静かにさせたところで何の解決にもならないだろうと全員が思っていたが、こうなったときの彼は頭が固い。
自分が納得するまで絶対に譲らないモードにひとたび入ると何を言っても聞かないことは知っていたので、我々は「お好きにどうぞ」といった感じで帰り支度を始めていた。さすがにこんなところに長居はできないでしょうと。
ちなみにユータの部屋は2階で、その真下には大家が住んでいた。
ユータが文句を言いに行くと、すぐにユータと一緒に半魚人みてぇなババアがニューッと姿を現した。一瞬、このアパートに住む新たな刺客かと思ったが、どうやらこのババアが大家らしい。
ババアはふてくされた様子で友人の隣の部屋のドアを強めにドンドン!と叩いた。
するとパリピたちは「シャーピーン!」「アオツァー!」みたいなことを言って静まり返った。たぶん「やべぇ!大家のババアだ!」「今は騒ぐな!やりすごせ!」みたいなことを言っていたんだと思う。これは少ししたらすぐにまたドンチキ始まるやつだ。
そしてパリピたちが一時的に静まり返ったついでに、オッサンのえずく声も注意してほしいと大家に要望をあげていたが、ババアは「あー、またかい。無視しな。」みたいなことを言ってさっさと帰っていった。
カザマ「いや、普通に考えて生活音は仕方ねぇだろ。」
タク「てことで、さすがにこんなうるせぇところじゃ寝れないし、俺ら帰るわー。」
ユータ「えー!?マジで帰っちゃうの!?なんだよー、じゃあさっき買った酒とかお菓子もらっていい?」
カザマ「あー、いいよいいよ。荷物になるし全部あげるわ。じゃあまた明日なー。」
ということでニワトリの飼育小屋をあとにし、意外と早い帰宅になってしまったため、このまま帰るのもなんだか味気ないしちょっとゲーセンでも寄っていくかと話をしていたとき、ナオキがボソッとつぶやいた。
ナオキ「なぁ……あそこってさ…。角部屋だったよな?」
後日、ユータは引っ越した。