よくみれば雑食

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喋ると残念な美人は萎えるが、屁をこいても許せる美人は萌える

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みなさん、ちょっと想像してみてほしいんですが。

例えば新垣結衣(通称:ガッキー)が不意に自分の目の前で屁をこいたとする。

世の男どもの反応はどうだろうか。

 

「うわっ…ガッキーもオナラするんだ…(軽蔑)」

 

だろうか。ちがう。

 

「うわっ…!ガッキーもオナラするんだ…!(喜び)」

 

である。

そして鳩が豆鉄砲を食ったように目をまんまるくして驚きを隠せないといった表情で固まってしまうあなた。

ガッキーはそんなあなたを見て、赤面しながらこう言うのだ。

 


「ごめん…つい…うっかり…///」

 

 

 

ううおうおうおうおうおううおおおぉぉおおおおぉぉぉぉおぉぉぉおお!!!!!

 

 

オナラなんてしないと思っていた天使がふいに見せる人間の部分、自分だけが聞くことを許されたぷすぅ~の音、そしてガッキーのバツの悪そうな顔と精一杯の言い訳。

もうこの妄想だけで居酒屋の3時間飲み放題の席でぶっ通しで喋り続ける自信があるけれど、これはガッキーだから許される極めて稀なケースであって、基本的にはいくら美人であってもそういう生々しい人間の部分を突然見せられるとちょっと引いてしまうものである。

いや、むしろ美人だからこそギャップで余計に落差があるのかもしれない。

しかし、美人が屁をこいてもドン引かれない方法が1つだけある。それは「あ、コイツに屁をこかれても抵抗ないな」と思わせる方法である。

 

屁をこかれたのにむしろ安心する

ちょっと何を言っているのかわからないと困惑する読者の顔が容易に想像できる。説明していこう。

これは前述した通りだが、我々の頭のなかには『美人は人前でオナラなんてしないだろう』という思い込みが存在する。これは『アイドルはウンチをしない』というのと同じ理屈だが、美人というのは人間として天寿を全うするうえで、ごく当たり前の生理現象を取ることすらリスクが発生する。その思い込みをブチ壊されたときに、頭のなかで理想と現実の整理ができなくなり崩壊する。思考が停止する。

要は、そのギャップを発生させなければ『美人なのに…』というマイナス要素の発生を防げるということなのだ。むしろ『美人なのに(笑)』というプラス要素に持っていけるまである。


それを証明して見せたのが高校時代の同級生のミサキ(仮名)という女なのだが、そのミサキからつい先日、久しぶりに飯でも行こうと連絡が来たので数年ぶりに会ってきた。

ミサキと最後に会ったのは確か3年前だったが、この3年でまた一段と色っぽさに磨きがかかっていた。いかにもオシャレなレストランに行きたいと言わんばかりの外見をしていたので、先手を打って「レストランの予約とかは入れてないぞ」とくぎを刺すと、「堅苦しいの嫌だからそこらへんの居酒屋に適当に入ろうよ」と言われたのでホッとした。

落ち着けそうな居酒屋に入り、個室に通され、まずは生ビールを注文。ビールの到着を待つしばしの間、彼女をボーッと眺めていると高校時代の思い出が蘇ってきた。


ミサキは当時から交友関係が広く、男女関係なく親しくできるようなコミュ力の鬼だった。そのうえ本人の口から愚痴や弱音を聞いた覚えもほとんどなく、ポジティブシンキングの擬人化みたいなやつで、容姿も整っていただけにかなりモテていた。

そんな彼女は10年たった今ではさらに大人っぽさがプラスされて、もはや雑誌のモデルと見比べても遜色ないくらいの美人になっている。そんなミサキを眺めながら天は二物も三物も与えるんだなぁと感慨にふけっていると、ミサキが言った。

 

「あっ、ガス出る。」

 

直後、ぷひゅ~?という間の抜けた音が個室に響いた。疑問形みたいな音だった。美女の尻からガスが出た。ミサキはそれを聞いて自分で爆笑していた。かく言う私も腹筋が8つに割れるんじゃないかというくらい笑った。そうだ、ミサキはこういうやつだった。

 

屁をこいたっていいじゃない人間だもの

そういえばミサキは高校時代にも会話の途中で突然、「屁が出る」と言ってブッピとやっていた。なんてことはない。単に屁をこく場所が学校の教室から居酒屋の個室に変わっただけのことである。

思えば、当時から彼女にはおおよそ羞恥心と呼べる感情が欠如していた。

これは兄2人の男兄弟のなかで生まれ育ったという環境も影響しているのかもしれないが、彼女自身がおおらかで能天気な性格をしているということもあり友人・知人の前ではあまり恥ずかしいといった表情を見せることはなかった。

なので男女問わず、誰彼問わず、人前で屁をこいていた。それでも彼女がどういう人間なのかを知っている私たちは誰一人として、それがきっかけで軽蔑するようなことはなかった。むしろ屁をこいてこそのミサキという共通認識さえあった。屁×美女=ミサキという黄金方程式だ。

 

ここが冒頭のガッキー(妄想)と比べると真逆のパターンであり、ガッキーの場合は天使が恥じているというその愛くるしさに胸を打たれる。人前でオナラをしちゃったことは恥ずかしいことだけれど、それがきっかけでこんな美人がこんな一面も見せてくれるんだぁ(喜)となる。

一方、ミサキは10年前からの安定感を見せつける。「あっ、ガス出る」からの、ぷひゅ~?の流れが綺麗に決まりすぎて、もはや芸術の域にまで達している。むしろあの頃と変わらぬクオリティでオナラをしてくれてありがとうとさえ思う。その結果こんな美人なのに相変わらずだなぁ(笑)となる。

どちらの美人も結果として人前で屁をこいたことにより好感度が上がるのだが、前者の場合は一般人がおいそれと真似できるものではない。ハードルが高すぎるからだ。まずは新垣結衣になる必要がある。BLEACH風に言うと俺自身が新垣結衣になる事だ。

一方、後者の場合はイメージの植え付けをするだけで気軽に屁がこける。これは美男美女に限った話ではない。例えどんな容姿であったとしても相手に屁への抵抗を感じさせなければ良いのである。BLEACH風に言うと……チャドの羞恥心が……消えた……?

 

そうと分かればさっそく明日から実践だ。

友人と会話中に「それでさー!このまえ彼氏がさー!っと、ちょっと待って、出る。」

会議中に「こちらの資料を見ていただきたいのですがその前にちょっと出します。」

怒られている最中に「誠に申し訳ございません。すぐにやり直す前にまず一発出します。」

彼とのデート中に「今日はすごく楽しかったね…。ロマンチックな雰囲気だけどちょっと出すね…。」

ありとあらゆる場面で、時と場合によらず、出るものは出ると素直に申告して気持ちよく出してしまいましょう。我慢は身体に毒ですから。

次第に周りも「あっ、この子はオナラを我慢しないんだ」とインプットしていくことでしょう。そうなってしまえばもうこっちのものです。

その結果、友人が減ったとしても、彼氏と別れたとしても、当ブログは一切責任を負いませんが。