クリーニング店に突如現れたオジー・オズボーン
クリーニング店の店内に漂うあの独特の匂いが好きだ。
糊なのか、洗剤なのか、はたまた生地をパリッと仕上げる薬剤的な何かなのか、その正体は一切不明なのだが、なぜかこうノスタルジックな感情にさせてくれるあの匂いがとても好き。
それに加えて、行きつけのクリーニング店には好きなところがもう1つある。むしろこれがあるからこそ行きつけていると言ってもいい。
それはこの店の受付のおばさんたちのキャラ。とにかく濃い。
受付のおばさんとオズボーン
まず前提として、キャラが濃いと言ってもそのパターンは大きく2種類に分かれていて、1つめはその店の厳格なるルールに従っているパターン。
ブックオフのように「いらっしゃいませこんにちはー!」「いらっしゃいませこんにちはー!」「イラッシャイマセコンニチワー!」と店内の四方八方から攻撃を仕掛けてきたり、コールド・ストーン・クリーマリーのようにただアイスが食べたいだけなのに「急に歌うよ~♪」と目の前で突如ミュージカルが始まり、「幸せな味になれ~♪」とメイドさんよろしく呪文を唱え始めるヤツや、友人と行ったのに「おふたりは恋人さんですかぁ~♪」「愛情を注入~♪」と勘違いで暴走した挙句、「ちょっと多めに盛っておきました♡」とサービスしてくれるハッピーちゃんがいたりして、これはどんな羞恥プレイなんだこのやろうとなったりするやつ。
この手のやつは与えられたマニュアルに忠実に従っており、それは言わば『作られたキャラ』であるため無機質で不気味に映ることが多々ある。
もう1つは個々のキャラが強烈すぎて存在しているだけで面白いタイプの人々。このタイプの魅力はとにかくキャラが多種多様であることだ。
天然ものは個々のポテンシャルによってそれぞれ違った味わい深さがあり、バリエーションが豊富である。そのため新キャラに出会うたびに新鮮な楽しみかたができるところにメリットがある。
前述のクリーニング店は特にこの天然ものに出会える確率が高い。いや、むしろオールスターと言っても良い。天然ものの濃いキャラの日本代表が集結しているみたいな店、言わば特濃JAPANである。
その特濃JAPANのなかでもひときわキレッキレの個性を放つおばさんがいる。ポジションで言えばFW。最前線で弾丸シュートを放つ屈強なストライカーである。ちなみに顔面も片桐はいり似でありインパクトは絶大。
このおばさん(以下、はいり)には絶妙な癖の強さがある。変なイントネーションとやたらあがる語尾が得意技なのだが、一度聞いたら絶対に真似したくなる独特のイントネーションの魅力に取り憑かれると危険で、はいりの言葉を聞けば聞くほどに脳がトリップしていく。視界がグニャ~~っと歪んできて、「あれ?ここに何しに来たんだっけ?」となる。
はいりの魅力を語りだすと止まらなくなってしまうのでほどほどにしておくが、そんなはいり語録のなかでもとびきりお気に入りのフレーズがある。
「確認いたしますぅ~↑ シャツが5てぇぇ~~ん↑ ジャケットが1てぇぇ~~ん↑」
いつもの調子で預かったものの確認が始まる。今日も見事に語尾がテン上げ。気分上々↑↑である。
「こちらぁ~~撥水加工をうぉ~~いたしますかぁぁぁ↑」
「あ、はい、おねがいします。」
「かしこまぁりましたぁぁぁ♡♡♡」
気分上々↑↑である。
そして彼は唐突にやってくる。
「オズボーンが1てぇぇ~~ん↑」
オズボーン。
そう。空前絶後の超絶孤高のメタルの帝王、メタルを愛しメタルに愛された男、オジーオズボーンだ。ジャスティス。
「以上でおまぁちがいございませんかぁぁ~~~↑↑↑」
お間違いございます。私はいつの間にメタルキングをクリーニングに出そうとしていたのだろうか。
この小さなクリーニング屋がオズボーンの狂気に耐えられるとは到底思えない。危ないところだった。オズボーンは返してもらわなければ。
「いえ、ちが…」
ここまで言ったところで、先ほどまでトリップしていた脳が時間の経過とともに徐々に活性化されてきていて、ふと正気に戻る。
「…いません。はい、合ってます。大丈夫です。」
「かぁしこまりぃましたぁぁぁ~~↑↑ おあずかりぃ~いたしますぅぅぅ♡」
この「おあずかりぃ~いたしますぅぅぅ♡」でいつも笑う。何度聞いても耐性ができない。
そしてなぜかはいりはこの笑いを実に好意的に捉えてくれているようで、たまに特別だと言って割引券をくれたり粗品をくれたりする。プライベートの連絡先を渡される日もきっとそう遠くないだろう。
不思議の国のはいり
そして預けた洗濯物は決まって扉の奥から出てくる、坊みたいな女に回収される。
坊はいつも「はいはーい、預かっちゃいますねー」しか言わない。
はいりがレジ打ちをミスって坊に助けを求めても「はいはーい、預かっちゃいますねー」って言いながら扉の奥へ消えていく。
これだけ濃厚な登場人物が一堂に会すると、だんだんと足元がふわふわと浮いているような不思議な感覚に陥ってくる。そうこうしているうちにオカッパ頭の美少年に背中を押される。
「ケイタは元来た道をたどればいいんだ。でも決して振り向いちゃいけないよ、自動ドアを出るまではね。」
「あなたは?あなたはどうするの?」
「私は店長と話をつけてバイトをやめる。平気さ、次の職場を見つけたから。元の世界に私も戻るよ。」
そうして彼の言う通り自動ドアを出たその先で振り返ると、そこには長年使われていない古びたトンネルが大きく口を開けて佇んでいた。
果たして今までの出来事は夢だったのか。木々が揺れ、その隙間から暖かな日差しが降り注ぐ。
そんなとき、ふとオズボーンの歌声が聴こえたような気がした。
なんだこのオチ。