よくみれば雑食

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いい加減、自転車の免許制度を義務化するべきだと思う

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テレビやネットのニュースでよく取り上げられる『自転車事故』についての話題。

この手の話を見るたびに思うのは、自転車に乗るための免許を義務化する必要があるのではないかということだ。

もちろんこんな話はここ最近になって話題になり始めたわけではなく、だいぶ前からずっと議論され続けてきたことだけれど、事故をなくすという観点から問題を見てみると、いまだに自転車に乗る人のモラルに頼らざるを得ない状況というのが現在も続いているのが不思議でしょうがない。

そもそも最速で時速60キロで走る原動機付自転車には免許が必要で、それと同等か少し遅いくらいで走れる自転車に免許が必要ないというのが違和感だらけ。

 

自転車との接触事故の話題は後を絶たない

最近ニュースで見た事例は特にひどかった。

交通量の多い道路で渋滞ができている車の間をすり抜けてきた自転車と、反対車線を走っていた車がぶつかり、母親が背負っていた生後7か月の赤ちゃんが落下。道路に叩きつけられ死亡したという、いたたまれない内容だった。

このニュースの結末は、車を運転していた25歳の女性が逮捕され、最終的に『車の運転には気をつけましょう』といったありきたりな内容で締めくくられていた。

で、このニュースを見た正直な感想が今回の記事のタイトルの通りである。

ちなみにこの事故のポイントはニュースではこのようにまとめられていた。

 

  • 自転車を運転していた母親(33)は転倒時にかすり傷を負った程度
  • 生後7か月の赤ちゃんは転倒時、母親のおんぶ紐から投げ出された
  • 赤ちゃんはヘルメットをかぶっていなかった
  • 車を運転していた女性(25)はスピードを出しすぎていたわけではない
  • 自転車は横断禁止の場所を通っていた

 

で、結果は車の運転手が逮捕。

そもそもこのニュースの見だしが『なぜこのような悲惨な事故が起こってしまったのだろうか』という時点で「は?正気か?」という感じだった。

なぜって?そりゃ道路交通法をろくに守れないアホな母親が招いた悲劇だろう。

それ以外に何があるというのか。車の運転手が全て悪い、加害者であるといった様子の報道の仕方にも納得がいかなかったし、最終的に車の運転手が悪いという結論に至るこの国の法律も狂っているとしか思えない。

この件の一番の被害者は生後7か月の赤ちゃんであり、二次的に被害を受けたのが車を運転していた25歳の女性だろうというのは、ニュースを語られたいくつかのポイントを見るに明らかだ。

私もたまに車を運転するが、運転をするたびに必ず1人は危なっかしい乗り方をしている自転車の使用者に遭遇する。車道をフラフラと走っていたり、スマホを見ながら運転していたり、急に進路を変更する・信号を無視する、といった具合に自転車乗りのモラルはもうメチャクチャなのだ。

これをちょっとオシャレに言うのなら、死をも恐れぬ無謀な輩。シンプルに表現するなら自爆テロ。

もちろんママチャリに乗っている人やロードバイクに乗っている人、老若男女を全て同じカテゴリーでまとめて『自転車乗りはキケン!』と言うのはいささか暴論が過ぎるかとは思うけれど、それにしてもこれだけ頻繁に遭遇するのだから、いい加減何かしらの対策を本格的に講じるべきなんじゃないだろうか。

 

自動車の運転者に課せられる責任が重すぎる

そもそも車通りの多い(大きな)道路というシチュエーションで、もしかしたら自転車が飛び出してくるかもしれないから気をつけて運転しましょうというのは、あまり現実的ではない。

もちろん、そういった意識をもって運転することが大切であるということは至極正論だし、車の免許を取得したのであればそのくらいは常に意識しておくことは当たり前なのだけど、じゃあ実際に飛び出しに対応できるようにノロノロ運転しましょう、交通量なんて関係なく安全第一で運転しましょうというのは車に乗る人への負担・要求があまりにも多すぎるのではないだろうか。

普段の生活のなかで目にする歩行者や自転車乗りは正直、危機意識が低すぎると感じる場面が多々ある。

例えば、これが子供だったとしたらまだ話は分かる。『道路に飛び出したら何が起こるのか』ということを予測するための経験値が圧倒的に少ないから、飛び出してしまう。そうして危険な目にあって、人生経験を積んできた大人に怒られて、やっと『道路に飛び出したら危ないのだ』ということを覚えていくのだから。

しかし前述のケースで事故を起こしたのは、結婚をして子供を授かるに至るほどの暮らしができている33歳の大人である。たとえばこの女性が生涯のほとんどを一切の情報が遮断された土の中で暮らし、やっと地上に出てきても数週間の命であるがゆえに先を急いでいたという夏の風物詩みたいな生き物なのであれば同情の余地はある。

しかし実際は経験値もそれなりに積んできたはず人間の大人が、危険であることを知ってか知らずか無謀な横断を試みて、その結果として幼い命が1つ失われてしまうに至る出来事を引き起こしてしまった。

正直、この件に関しては言ってみれば子供を殺めたのは他の誰でもない母親自身であると私は思っている。同じ男性としては旦那さんの心中もお察しする。悔やんでも悔やみきれない思いであるに違いない。

それなのに自転車を運転していた母親に対して特に言及されないというのは、つまり御咎めなしということなんだろう。だとしたらあまりにも理不尽極まりない。もしも私が知らないだけで、この女性にも何かしらの刑事罰が与えられているのであれば、むしろそれこそニュースで報道するべきなのではないだろうか。

報道されない=歩行者や自転車はこの程度では罪に問われないと端的に発想する=多少、無謀な横断をしても大丈夫、という恐ろしい思想を助長することにもなりかねないと個人的には思ってしまう。

ちなみにこの記事を書くにあたり自転車の免許制度の導入についていくつか情報を見ていたのだけれど、そのなかには実際に自転車に対して免許が必要になった場合のデメリットなどを挙げているページもいくつか見られた。それらの感想としては「正気か?」の一言。

だって考えてもみてくださいよ無謀な運転によって命が失われたり、ほぼ回避不可能な事故で人生が狂わされる人が出たりすること以上のデメリットってなんですか?

私はこれ以上のデメリットはないと思います。もう個々人のモラルうんぬんでは改善なんてされません。

どうか一刻も早く、自転車が車やバイクと同じように危険な乗り物であることの認識が根付きますように。